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特集
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一緒に考えてみましょう
 高校3年翔太くんの人生設計

 北陸の中核市に生まれた翔太は、高校3年生。3月までは、バスケットボール部の練習と試合に明け暮れていましたが、県内屈指の進学校であるその高校では、3年ともなればクラブをやめて、大学受験の準備にとりかかります。翔太もいや応なく、進路を考えねばなりませんでした。

 そこで、今まであまり考えてこなかった自分の将来について、思いを馳せてみたのです。

進学 「東京の大学へ行き、英語と経済学の勉強を」
就職 「東京で就職し、世界を股にかける企業戦士に」
結婚子供 「結婚の目標は30歳。子供は一姫二太郎」
住居 「2LDKから40までに郊外の一戸建てを目指す」
出世 「どうせなら、取締役にはなりたい」
退職老後 「子供が独り立ちしたら、ロス郊外で悠々自適に」
そして死を迎える。

 進学から老後までには、いろいろな選択肢があります。

 たとえば、進学なら、
「地元の大学へ通う」
「総合大学へは行かず、パソコンの専門学校へ行く」
など。

 同様に、
就職 「地元へUターンする」
   「ベンチャー企業を起したい」
結婚子供 「しない」
     「子供はいらないから、35までに結婚できれば」
住居 「マンションがいい」
   「田舎に豪邸を」
出世 「地位を求めるよりも、自分の趣味を優先」
老後 「土をいじりながら暮らす」
   「死ぬまで働きたい」
などなど。

親鸞会 長野・山梨 最近は、価値観の多様化が進み、定職に就かずアルバイトで生活したり、いつまでも親のスネをかじっていたり……。「どう生きるか」は人それぞれです。

 しかし、将来の夢を描いた翔太が突き当たったのは、老後のあとにやってくる、「死」という現実でした。どんな人生設計をしても例外なく、死は訪れます。

 それどころか、予定していた人生の途中で突然、死に襲われることもあるでしょう。どれほど立派な計画を立てていても、すべては死によって崩れ、夢の途中で悔やまねばなりません。JR西日本の福知山線脱線事故など度重なる事故や凶悪事件で、夢みる若者たちが、あっけなく亡くなっています。

「一度きりの人生、後悔なく終わりたい」
と翔太は思いました。

「この坂を越えたなら
 幸せが待っている……」
という歌もありましたように、苦しみを背負って生きていくのが人生のようです。耐え切れなくて、自殺する人も後を絶ちません。小学生や中学生でさえ、自ら死を選ぶ時代です。

 そんなにまでして、なぜ生きる。いくつも峰を越え、谷を渡り、やっとの思いでたどり着いた「老後」という山。それを越えたら終わりではなく、最後に「死」という山路が待っています。

 必ず死なねばならないのに、なぜ生きる。「自殺はいけない。人の命は地球よりも重い」といわれるのはなぜか。
 多くのことを知るよりも、最も大事なことを知る人が、真の智者です。多くのことを知る人は重宝がられますが、一番大切なことを知る人は、尊敬されるでしょう。

 人生の最大事は、「なぜ生きるか」です。いろんなことを知っている人は便利ですが、生きる目的を知らねば、真の智者とはいえません。

 お釈迦さまは、
「人生の目的を知らないで百年生きるより、出世の本懐に向かって一日生きるのがはるかによい」
とおっしゃっています。

 真実の仏法には、人生の目的の解答が説かれているのです。

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