親鸞会 Nagano Yamanashi

親鸞会 長野・山梨
     
親鸞会とは
親鸞会 長野・山梨

科学の進歩はめざましく、世の中は便利になりましたが、戦争、テロ、自殺や凶悪犯罪の増加など、人類はますます深い闇の中にあります。

   「生きる意味があるのか」
   「苦しくても、生きねばならぬ理由は何か」

最も大事な「なぜ生きるか」が、分からないからではないでしょうか。

この古今東西の人類の迷闇を破り、「なぜ生きる」を明らかにされた方が、今日、世界の光といわれている親鸞聖人です。

   難思の弘誓は 難度海を度する大船 (親鸞聖人)親鸞会 長野・山梨

人生の目的は、何か。

「苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく渡す大船がある。その船に乗り、未来永遠の幸福に生きるためである。
どんなに苦しくとも、この目的果たすまでは生き抜きなさいよ」

親鸞聖人、90年のメッセージは、一貫して、これしかありませんでした。
   
   

 時空を超え、尊敬される聖人ですが、果たして、その教えは正しく知られているでしょうか。

 今日、仏教と聞くと、何が思い浮かぶでしょう。

 葬式や法事、読経で生き延びている葬式仏教、おみくじやゴマを焚いてゴ利益をふりまく祈祷仏教、伽藍や大仏を売り物にする観光仏教、信仰より社会事業を重視して、学校や幼稚園経営に奔走する事業仏教、境内を駐車場に貸し、学校教師などになって衣食する二股仏教、祖師や中興の法要にかこつけて、金集めする遠忌仏教など……。

 もちろんこれらは論外ですが、驚くほどに親鸞聖人の教えは誤解、曲解されています。

 一例をあげれば、「平生業成」という言葉でしょう。「平生業成」とは、聖人のすべてを漢字4字であらわした、いわば一枚看板とされている言葉です。

「平生」とは「現在」のこと。人生の目的を「業」という字であらわし、完成の「成」と合わせて「業成」と言われます。

「平生業成」とはまさしく、人生の目的が現在に完成する、ということです。

親鸞聖人の特色が「平生業成」といわれるのは、聖人ほど人生の目的と、その完成のあることを強調された方はなかったからであります。

それが今日、「あなたの平生業成が悪かったからだ」とか「私の平生業成がよかったから」などと、日常行為のことのように使われているのが実態です。
  
  


親鸞会 長野・山梨世界の光である親鸞聖人の教えを、正確に、速やかに、1人でも多くの人にお伝えする、これ以外に親鸞会結成の目的はありませんでした。

今後も、それは変わりません。

どうすれば本当の親鸞聖人の教えが明らかになるか、親鸞会の目的は、ただこのこと一つであって他には何もありません。

一宗の繁昌と申すは人の多く集まり
威の大いなる事にてはなく候、
一人なりとも人の信を取るが
一宗の繁昌に候。  
(蓮如上人)
  

浄土真宗 親鸞会 長野・山梨

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